繊細な子どもたち1

 「人間みな平等である」

 

その通り。

 

しかしその言葉だけがひとり歩きしおかしな方向にいっている感じがするのは私だけだろうか。

学校の先生は生徒一人一人平等に接しなきゃいけない、と過度になっている方が多いのではないか。

 

厳しかった先生

ある生徒が悪ふざけをしてその生徒をガツンと怒ると、どの生徒に対しても同じ状況では同じようにしなければならない。

傷つく生徒が増えガツンと怒らなくなっていった。。。

 

平等に、の観点からどの生徒にも優しく、言葉を変えれば腫れ物にでも触るかのように接するようになり

 

結果、生徒からなめられるようになっていった・・・

 

平等、がひとり歩きした、上っ面だけにこだわった結果だ。

 

根本の平等を保つために、表面上では不平等も必要だと思う。

 

私はガツンと怒ってもきっちり自分で修正できる力強さのある生徒にはガツンと怒る。

しかしガツンと怒るとそのことを何倍にも感じて自己嫌悪に陥る生徒には怒らない。どうするか、、、は内緒である^^

 

今の子は繊細である、ということを私たち大人はしっかり理解しなければならない。

 

たとえば、

 

震災の起こった地域のひとつである岩手県の知り合いから先日電話があった。

私は10年くらい前、毎週1回、岩手県の盛岡に行って心の授業をしていたことがある。

開催していたのは盛岡ヘアメイク専門学校。

卒業し就職したが、腕は確かだが人間関係をうまく結べることができずすぐやめてしまう生徒があまりにも多い。何とかしなければと心について学ぶ必要があるという経緯で開始した。

その当時専務だった菊池先生から電話があった。

大震災以降、周りで「パニック障害」になる人が増えているということで手助けしてほしい、ということだった。

 

パニック障害とは、突然動悸が激しくなり、立っていられなくなり、しゃがんだり倒れたりするもので、死の恐怖を感じる人も多い心の病だ。

あの震災がそれだけ多くの人に心の傷を残したのだ。

 

しかしそれ以上に

 

子どもたちの心の傷は大きい。

 

続く・・・